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間抜けの構造

ビートたけし

 

間抜けの構造を間抜けが書く。

 

ビートたけしが間というものを自分の人生に絡めて、語った本。

 

第1章では

周りにいた間抜けな輩について。

政治家からタケシ軍団から、、、冗談も交え紹介。

 

第2章では

漫才の間について。

間を読みながらツッコミをする。

間が伸びそうだったら、早めにオチを言って笑いを取ったり、、

間を使ってリズムを作ったり、、

 

第3章では

落語の間。

 

第4章では

テレビの間。

 

第5章では

スポーツの間を話した。

ここでは間の外し方に着目した。

 

時代が先かスターが先か。

人生と間についても触れた。

 

第6章は

映画においての間。

これはすごく共感した。

間を埋めるような映画は想像力が使えず、退屈。

 

俳優の演技勝負の間として、

相手の演技の間の外し方を樹木希林を例に出し話した。

俺の映画ではやめてくれだそうだ。

 

映画は間の芸術と言った。

 

第7章は

間の功罪と題し、

日本の間が生んだ功績と罪過を示した。

まずは功績。

茶・能・俳句といったものがあげられた。

 

次に罪過。

間を大切にすることは過剰に空気を読む文化でもあるわけで、

イノベーションが妨げられる。

例として映画監督の際に、

自分の案をそれは常軌を逸すると言われた。

 

ーー間がわかる。

空気が読めるといおうのは

全体を丸めることにはなるけど

その分角も丸くしちゃう。なにか揉め事を起こしても、

「まあまあ」なんて収めてしまう。

「ちょっと一服しようか」とかなんとか言って、とにかく間を置く。

それであとは自然に解決するのを待つ。

 

本当はそこで丸く収めないで、そのまま沸騰させることも、ときには大事なんだけどね、、

それなのに一回引き返しちゃうから、

壊すべきものを壊せないままなんだ。ーーー

 

現代の日本人はこの間を壊すのが快感で、

ポット出てきた、面白い人にブームが動く、しかし、すぐ飽きる。

大きなムーブメントにはならない。

使い捨てのおもちゃのように、利用しているように自分には見える。

 

ここで著者ビートたけしはアイドル化が進んでいると話した。

 

第8章では

人生の間について。

ビートたけしの人生を”間”という観点から振り返った。

 

そして話の終わりでは

人生は、生と死の、間である。とまとめた。

 

なんで生まれてきたかなんか分からない。

生まれて、死ぬ。その2つのポイントの

その間が人生ではないかと。